なぜ不必要な欲を一旦ゼロにしなければいけないのか?体力・命・時間は有限だからこそ…

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最近のウェルシークラスでおこなっていること、それは「心の闇の部分でエネルギーを消耗するのではなく、心の光の部分でエネルギーを使い、現実を動かす」ということを主軸に置いておこなっています。

その中で、「もっと深く目的を説明しておかなければいけないな~」と思い、今回の記事を書かせて頂きました。

大切なのは、今の自分の中にある不要な欲を知ること。

不要な欲(心の闇)に飲み込まれないこと。

不必要な欲(闇)を一旦ゼロにする意味

ウェルシークラスでは、概念をぶっ壊すことをしています。

それをおこなうのは、不必要な欲を持ってしまったことがきっかけで、自分が【良い悪いに偏り過ぎている概念の世界】に住んでしまっていることがあり、その自分が住んでいる概念の世界をぶっ壊すことで、その物事に対するものの見方や感覚をフラットな状態にし、不必要な欲を削ぎ落とすことをおこなっています。

 

固定される強い思いを作ってしまう不要な欲

不要な欲は闇のエネルギー。

「良い」と思い過ぎることでも強い闇の意識で固まってしまいますし、「悪い」と思い過ぎることでも強い闇の意識で固まってしまいます。

なので、自分の中にある不要な欲に対して「あ、これはダメなんだ!止めなきゃ!」と思い過ぎると、S極だったところからN極に向かいますが、N極も闇なんですね。

 

不要な欲を磁石で例えると、S極に偏り過ぎても、N極に偏り過ぎても、どちらも闇。

自分の中に固定される闇の意識を作ってしまいます。

そこで、不要な欲があった場合は、どうすれば良いか?というと、「良い」という思いも、「良くない」という思いも無い状態にすること。

磁石の中心のところにいるようなフラットな状態にすることが必要なんですね。

 

S極にもN極にも偏らない状態

そのフラットな状態は、どういう状態か?というと、

  • 「お金が稼げないのは良くない。だからお金を稼ぎたい!」ではなく、「お金は稼げても稼げ無くてもどちらでも良い。目的のために必要なら稼ぐ。」という状態。
  • 「性欲を持ち過ぎるのは良くないことだ!だから禁欲しなきゃ」ではなく、「してもしなくてもどちらでも良い。目的のために必要ならする。」という状態。
  • 「You Tubeをを見るのは良くない…だから、見るの止めなきゃ!」ではなく、「見ても見なくてもどちらでも良い。目的を果たすために必要なら関わりを持つ。」という状態。
  • 「命を落とすのは怖い…自分は死にたくない!」ではなく、「どちらでも良い。目的を果たすためなら生きるし、目的を果たすためなら死んでも良い。」という状態。

という感じです。

 

目的を果たすために必要なものは?

上記の中で、必ず書いたのが「目的を果たすためなら」ということ。

つまり、心の闇で意志を持ってしまうと「ああした方が得、こうすると方が損」になってしまうのですが、心の中の光の感覚は「生まれてきた目的を果たせるのなら、どちらでもいい」です。

ただ、心の中の光の感覚で物事に対する意識の向け方は、「目的を果たすためなら、それを貫く。」という強い意志です。

これは、生きるために必要な欲という言い方もあるかもしれません。

 

この地球に生まれた目的を果たすためには、食べる必要があります。

休む必要もあります。

人によっては、子作りが必要な人もいるし、必要でない人もいます。

ですが、これは「生きるための欲」という言い方をするよりも、「目的を果たすための重要項目」という言い方をした方が、感覚的に伝わりやすいかもしれません。

 

「物事はバランスが大事」「良いも悪いも無い」の捉え方

スピリチュアル的な言葉で、よく

  • 「物事にはバランスが必要。やりすぎは良くない。」
  • 「良いも悪いも無い。すべては神様のおぼしめし。」

などと言われることがあります。

 

ですが、これって本来のニュアンスを捻じ曲げて、その言葉を言う人が都合の良く上手く人を誘導するための言葉として使われることが多いように思います。

 

「S極やN極に偏らない」という意味では、確かにバランスということかもしれません。

ですが、「物事にはバランスが必要。やりすぎは良くない。」は、極端に強くなった欲を抑え込むための言葉ですね。

不要な欲(闇)は抑え込むと反発が来るので、注意が必要です。

 

「S極やN極に偏らない」という意味では、確かに、「良いも悪いも無い」という言い方もあるでしょう。

ですが、「良いも悪いも無い。すべては神様のおぼしめし。」は、「神様がすべて決めているから自分の思い通りにはいかないことがあっても受け入れなさい」という言葉ですね。

神様の言葉は絶対だということで、盲目的な人々を支配して来た歴史があるので、注意が必要です。

 

なので、2つとも根本的な意味が違います。

不要な欲(闇=心の中の弱さ)で決めるのではなく、目的のために必要であればやる、必要でないならやらない。

たったこれだけの話なんですね。

 

命や体力、時間は有限だからこそエネルギーの方向性を定める

不要な欲を持っていると、心の中の闇の方でエネルギーを使ってしまいます。

  • お金が欲しい!
  • モテたい!
  • 褒めて欲しい!
  • 認めてほしい!
  • 怠惰でいたい!
  • 得をしたい!
  • 安心したい!

などなど。

つまり、闇の意識を広げるエネルギーワークをおこなっているのと同じなんですね。

この状態では、本来の目的のためにエネルギーを使うことができません。

 

人間であれば理解できるでしょう。

体力にも限度がある。

命にも限りがある。

時間も刻一刻と過ぎていく。

だからこそ、本来の目的を見つけ、失敗を恐れず、目的を果たすために必要な重要項目をおこなうところにエネルギーを注ぐ必要があります。

 

ということを、最近のウェルシークラスではおこなっているんですね^^

さて、次回のウェルシークラスでも、不要な欲にエネルギーを使っていないかしっかり確認しながら、目的を果たせるように頑張りましょう!

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